大森海苔 丹右ヱ門の記憶

~300年の歴史がある海苔漁場であった大森の過去と現在~

大森海苔:伝統文化

体調不良・仕事の忙しさもあり、しばらくぶりの更新です。

 

今回は家業であった海苔漁業についてお話します。

 

 

歴史を遡ると、古くは奈良時代より食されている記録が残っている様で、

朝廷の献上品にもされていました。

※朝廷:天皇を中心に政治を行う機関

※幕府:将軍(武家)が中心になり、朝廷の代わりに政治を行う機関

 

記録から見て分かる様に、海苔は身分の高い人が食べる高級品です。故に一般庶民は口することが出来ません。では、いつから海苔養殖が始まったのか。

 

それは江戸、徳川時代です。

徳川家康に献上する品として大森・品川の沿岸にてアサクサノリを養殖した事が始まりで、江戸時代の人たちが試行錯誤で知恵を生かし、『ヒビ』と呼ばれる竹等の枝木を海底に突き刺し、海苔の種を付け海苔を成長させるという技術を発見しました。現在は網ヒビと呼ばれる網を使って海苔を成長させる技術に変わっています。因みに養殖が確立されたのは1700年初期の享保時代、8代将軍吉宗の時代です。

 

更に、現在全国でこの海苔養殖の技術が用いられていますが、実はその技術の大元・発祥の地がこの大森なのです。

 

今では見る影もありませんが、当時いかに漁業が盛んであった村かが分かります。

 

その養殖されていたアサクサノリですが、名前の由来は

浅草で採れた事が始まりなのか、大森で採った海苔を浅草で売った事が始まりなのか諸説あり定かではありません。

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こちらの海苔は実は

 

繁殖しにくい、病気に弱い、傷みやすい

 

 

と扱いが非常に難しかしいものですが(現在、野生種は絶滅危惧種)

 

味・香りがどれも一級品で素晴らしいとか!

 

因みに私は口にした記憶はありません・・・・。

 

 

 

ではそんな養殖が難しいアサクサノリですが、現在も全国で養殖されているかというとされていません。

 

 

今では、スサビノリという種類が主になっています。なんといっても

 

成長速度・病気の強さ・繁殖力の強さが非常に優れているのです。

 

その為アサクサノリはほぼ養殖としても姿を消してしまいました。

 

 

 

大森は江戸時代より幅広く漁業をされていましたが、

 

海苔養殖最盛期は大正から昭和にかけてでした。

 

 

収穫期が10月~2月で、家族総出で深夜に起床し作業が始まり

 

極寒の中、海で海苔を収穫するという何とも過酷な漁です。

 

 

小学5年、11歳で海苔養殖終焉を迎えた父は

「毎日早くに起こされて非常に冷たい水を扱って、親父にこき使われたのでいい思い出がない。」と言っていました。

 

当時の海苔漁師の人は本当に逞しいと思います。

 

その海苔養殖業で栄えた大森も1962(昭和37)年に東京オリンピックに向けての整地の為の埋め立て・水質汚染等で漁業権を放棄し終焉を迎えました。

 

生業を失っては漁家は生活が出来ません。反対運動も勿論起こりました。

ですが、結果補償金をもって失業することとなります。

 

この補償金について、当時の東(あずま)都知事にかけあったのが

漁業組合連合会の会長であった曽祖父でした。

 

 

そして人々は海苔漁が出来ない為、それに関わる仕事場は次第に壊していき、その土地に工場を建て起業した家・アパートを建てて管理する家と次の生活の道を歩み始めていきます。

 

その結果、今の工業地帯となった大田区大森が出来上がってきたのです。

 

 

 

 

 

 

あとがき…

 

文章が苦手なのと、blogは慣れていない為時々不自然な箇所がありますが、随時編集していますのでご容赦下さいませ。